白い顔の赤い月/高野浩之

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 高野浩幸か、高野浩之か。前者なら特撮ファン、映画ファンかなと思うし、後者なら同年代の人だ。(本当かな)
 もちろん同一人物をさしている。改名の理由は良く知らないが、この俳優さんは「バロム1」や「田園に死す」「なぞの転校生」、さらに、近年の特撮もの出演時は高野浩幸だし、少年俳優として活躍していた頃は高野浩之だった。というわけで、私の記憶の中では高野浩之。
 少年ドラマシリーズでは「なぞの転校生」と「赤い月」に主役で出ていた。「なぞの転校生」はもしかしたら私はきちんと見ていないかもしれない。資料の断片のような実感の伴わない記憶しかないからだ。また、「赤い月」は見たと思うのだが、丘の上のような場所で主役の2人が月を眺めているシーンしか思い出せない。小学生の時そろばんを習っていたので、少年ドラマシリーズを欠かさず見ることができなかった可能性もある。とすると、彼を好きになったきっかけはこれらのドラマではなかったようだ。高野浩之は、とにかくいろんなドラマに少年役でよく出ていた。そして、バイク事故でよく死んでいた、という印象がある。
 テレビを録音する、という事に関しては他で書いたが、テレビの写真を初めて撮ったのはこの人だ。「ナッキーはつむじ風」に、彼が一回だけゲスト出演をしたことがあった。どこから事前に情報を得たのか全く覚えがないが、カメラを片手に見ていたのだろう。自転車でこけるシーンなどがアルバムに貼ってある。

 当時、市立図書館でふと見た映画の批評本で「田園に死す」という名前の映画に彼が出ていることを知った。高野浩幸名義だったのと製作年からするとかなり若い頃(子供)である。あまりTV放映や新潟での上映を期待して探したりしなかったことから考えると、うすうすそういう類の映画でない事は気づいていたのかもしれない。無知なりに。
 大学に入学して私は東京に出た。ある時、この映画が上映されることを「ぴあ」で知った。しかも、同時上映は「無邪気な関係」というドラマで気に入っていた三上博史のデビュー作「草迷宮」ではないか。これは行かない手は有るまい。そんな動機だ。寺山修司の映画を見るのはもちろん初めてで、予備知識もなかった。
 映画が始まった。そこにいる高野浩之(浩幸)は、私の知っている彼よりかなり子供だった。で、よくわからないけれど、顔が白い。映画の批評本に載っていた写真を見た時から不思議に思っていた。どうして高野君は顔が白いんだ?
 映画の冒頭、高野君が彼の母親らしき女性に言う。
「かあさん、僕、かわかむりの手術を受けようと思うんだ」
 私は思った。「ふーん。この顔が白いのをかわかむりというんだ」

 結局その後、寺山修司の映画はたくさん見た。田園に死すも複数回見た。
 もう、かわかむりの意味は知っているから教えてくれなくていい。

追記

  • ナッキーはつむじ風放映日は1979年9月12日(水)のようだ。
    (参考資料:中学2年の日記)
  • 1979年8月1日(水)「明日の刑事」に高野浩之が出ていたようだ。
    (参考資料:中学2年の日記)

【昭和スター倶楽部】プロマイドギャラリー 高野浩之
(2013.1.8 追記)