黒い鞭

 春休みが終わったら新しい学年が色とりどりのむちを持って待っていると誰かが言いました。ある人は赤より黒いむちの方が素敵だわだって制服にマッチするものと笑いました。私はその日無駄口をたたかずにひたすら通る人を見ました。占いにそうしろとありました。通る人は生きていました。動いていました。でも比較的、私は死んでいました。

 私はふとんの上で吐こうとしました。吐こうと思えばいつだって吐けるということを実証したくてたまりませんでした。生あくびがおしよせてくるから絶対だと思ったのに、その夜私は負けました。あんまり悲しいんで寝言を装って私は単語を呟きました。妹が聞いていれば良いなと思いました。墨汁を全部流した手洗い場のような夜でした。私は横に二つ半ほどの死骸を意識していました。

 もうすぐ春休みが終わるねと誰かが耳に囁きかけました。私はからみつくものをナイフではいでもう一度通る人をながめました。色とりどりのむちをみんなしょい始めていました。私の意識はまだらでした。おそるおそる背中を見ると私のはまだただの背中でした。

 私はふとんの上で泣こうとしました。泣こうとすればいつだって泣けるということにあまり自信はなかったけれども、案外簡単に泣けました。不思議なことにその夜は泥っぽい色をしていました。私は今なら吐けるかもしれないと思い、四つんばいになってみました。でもすべてがげっぷになりました。もしかしたら私のからだの中も空っぽなのかもしれないという気がしました。少し頭痛がしました。

 春休みは終わったねと誰かが叫びました。私は何も感じませんでした。ただきっと私の新しい席では黒いむちが舞うに違いないという予感は覚えました。気味悪いくらい春でした。その日私はノートを買いました。


新潟日報読者文芸欄 1982年頃掲載。
午前4時30分 という詩よりはこっちの方が好きだったので、こっちが掲載されたときはほっとしました。