みかん

 どうして果物が嫌いなの、とチョコレートパフェの上に飾ってあるつるつるとしたそれらを除いている私に彼が聞いた。どう答えるべきかしらと考えながら、私はバナナにフォークを刺した。
「俺、バナナ、好き」
 ということは、欲しいということなのかしらと、私はそのフォークを彼の目の前に突き出してみた。バナナは歯ごだえが変だから嫌いだった。だからこれに平気で食らいつくやつをみたいと思った。彼は私の目を意識したかのようにバナナを奪った。そして口をあけ、むにょりと食べた。

 私はつい目をそらしてそこの喫茶店の壁にある傷を見つめた。汚い店だった。汚い店のバナナを食べる汚い若者と、それをながめる少女の図。絵になるものか。私はスプーンに自分の顔を映して遊んだ。彼はアイスコーヒーを飲み始めた。

 かんづめのみかんが死にそうな顔でつぶれているパフェは醜いから大嫌いで、大嫌いなものを注文した私は変わっていて好きだった。スプーンで、そのチョコレートにまみれたみかんを掘り出して彼に渡すと、彼はふうんといいながら、でも、もう食べなかった。


 「ビックリハウス」1985年11月(休刊号)掲載。

 このあたりの記憶があいまいだったので、日記をあたってみると、休刊の連絡があったのは1985年9月10日で、11日に原稿を書いて、12日木曜日に渋谷へ持って行っています。最初用意したのは女子高生二人が出てくる前のものと似たような感じの、原稿用紙3枚の短編でした。でも、「もうあなたの書きたいのはわかったから」と男性の人(井口さんだったかなあ…失念)に言われてボツ。散文詩で書いてたこの「みかん」を膨らまして書いて、ということになったのですが、その場で膨らますこともできず、ほとんどそのままでやっと採用してもらったという経緯があったようです。
 この話は、果物が嫌い、っていう高校時代の友達がいて、それだけをヒントにして書いたものですが、実際その友達はすごく良い子だったのです。これを書いた後にその子の家に遊びに行ったとき、これが掲載されてるビックリハウスが本棚においてあったけど何も言っていなくて、傷つけたかもなあ、悪いことしたなあと、思いました。