りんごのケーキ

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 その食べ物を初めて見たのは15年ほど前である。駅前のヤマザキパンの店の、ケーキなどが入れられているガラスケースの中に、それはあった。その店では「アップルパイ」と名札を付けられていた。明らかにアップルパイではないその大きなケーキを見かけるたび、私は、一度食べてみたい、と思っていた。
 ケーキ屋にわざわざ入って一つだけ買うのは勇気が必要だが、そこはパン屋である。ある日、私は食パンを買うついでに思いきってそれも購入した。食べてみると、やはり私の知っている一般的なアップルパイではない。表面はかろうじてパイ生地のようなものがついていて、中にリンゴの果肉は入っている。だが、ケーキ本体はパイでもスポンジケーキでもない不思議なものだった。例えて言うなら、カステラの表面についている紙を剥がした時、紙のほうにくっついて残ったものを、こそぎとって食べているような、そんな味である。私はすっかり気に入った。

 それ以来、「おめでたいこと」「嬉しいこと」などがあった時など、節目節目にそこへ行ってそのケーキを購入し、自分の部屋で紅茶を入れて食べていた。一回の食事にも値するかなり重いデザートだったが、食後の満足度も高かった。

 しばらくすると、その店では「アップルパイ」という名前で、普通のアップルパイが置かれるようになり、それからまたしばらくしてから、「アップルケーキ」という名前であのケーキは再登場した。
 そして月日がたち、いつしかそれは、いろんな店のパン売り場で一般的な商品として袋に入った状態で売られるようになった。
 だが、あった、と思ったらしばらくすると見なくなり、また別の商品になって現れては消えるのである。
 初めて見てから15年以上もいろんな形で存在する立派なヤマザキの定番商品のはずなのに、何故かマイナーなポジションにあり続けている。
 最近は、それは「アップルカバー」として売られているようである。

 「アップルカバー」を近所のスーパーで買って久しぶりに食べた。カロリー表記は無いが、どう考えても一回で食べるのは恐ろしい。よく昔はこんなものをぺろっと食べたよな、と感心する。
 昔から、「これはパン工場でカステラなどを作った後、機械にくっついてしまった部分を捨てずに、剥ぎ取って圧縮して商品にしている」と仮説を立てていた。その製法、いかにも美味しそう。