十六歳未満

 十六になった友達に言わせると
 もう結婚できるんだそうです
 十五を保っている私に言わせると
 彼女はもうおしまいです
 結婚という菌が
 少しずつ侵略を始めて
 自分が踏み壊されていく
 そういう恐怖の幕開けなんです
 へらへら笑っているなんて
 どういう神経の持ち主なんでしょうか
 わあ 十六歳なんてやだあ
 どうしよう とか
 少しくらい嘆いたらどうですか
 もちろん私なら泣きながら
 お葬式ケーキを一人で食べます
 凍結しそうな二月の部屋で
 戯れつく想いをころします
 その日はきっと雪が舞い
 ろうそくの火をゆらゆらゆらし
 私のために泣くでしょう

 一つ年をとり
 可能性を二つくらいなくして
 妥協が三つ
 こころのしわがまた四本
 だから思います
 結婚待ち合い室は
 きっと満員です
 私はそこで当然のように
 女性週刊誌を手にします
 〆切は二月十日
 私は絶対老いるのです

午前四時三十分

 頭痛が僕に何か叫んでる
 うん実は同感なんだ
 僕もあっちで畳になりたい
 でもここで息をついたら
 単語が干からびでしまうだろ
 昨日はベクトルのやつが裏切るし
 一昨日だって周期表が事故おこすし
 僕の戦は散々なんだ
 だから臥薪嘗胆しかないよ
 苦しくたって耐えなさい
 君だけじゃない
 左目なんか充血して
 油断すると涙がぽろぽろでちゃうんだぜ
 足なんかほとんど氷だし
 右手の親指は感覚さえも失ってる
 なのに愚痴一つ言わないし
 誰も怠けないだろ
 ほら見てごらん
 僕の額
 いつのまにかすっかり初老
 泳げそうなくらいのしわの束
 けどね
 嘆いちゃ終わりなんだ
 今日こそは仇を討って
 逆転優勝しなきゃなんない
 そしたらみんなにも夜を
 力一杯ほおばらせてあげれるさ

 これは、時計の音?
 それとも頭痛の泣き声
 まあいいや死んだって
 今日一点でも多くとれたら
 明日死んだってかまわない
 あと三時間
 仕上げのダッシュ
 でも今、ひょこっと
 おう吐が顔を出した

寂試験

あたしの背中に犬がいる
テスト中にも離れない
重たすぎて眠ったら
あたしの背中は机になった

えんぴつのしんが跳びはねる
ほらほらそっちはあぶないよ
呼んで怒ってはたいたら
あたしの手首は定規になった

(昨日はおそくまでやりあって
教科書を泣かせてしまった)
(心が不安定であたしも泣いて
もらい泣きしたえんぴつもぬれた)
(涙はコップ一杯分青くあおく澄んで
空と海を満たし
雨になって降ってきた)
(あたしはこころで
教科書がぬれて読めなくなればいいって
思いながら
傘の下で目をとじた)
(夜で
誰一人ふりむく人はなくて
あたしはさみしくって
時計を投げた)

目覚ましベルが鳴り響く
テスト用紙が帰宅する
景色がとろとろ溶け出して
あたしのこころは化石になった

黒い鞭

 春休みが終わったら新しい学年が色とりどりのむちを持って待っていると誰かが言いました。ある人は赤より黒いむちの方が素敵だわだって制服にマッチするものと笑いました。私はその日無駄口をたたかずにひたすら通る人を見ました。占いにそうしろとありました。通る人は生きていました。動いていました。でも比較的、私は死んでいました。

 私はふとんの上で吐こうとしました。吐こうと思えばいつだって吐けるということを実証したくてたまりませんでした。生あくびがおしよせてくるから絶対だと思ったのに、その夜私は負けました。あんまり悲しいんで寝言を装って私は単語を呟きました。妹が聞いていれば良いなと思いました。墨汁を全部流した手洗い場のような夜でした。私は横に二つ半ほどの死骸を意識していました。

 もうすぐ春休みが終わるねと誰かが耳に囁きかけました。私はからみつくものをナイフではいでもう一度通る人をながめました。色とりどりのむちをみんなしょい始めていました。私の意識はまだらでした。おそるおそる背中を見ると私のはまだただの背中でした。

 私はふとんの上で泣こうとしました。泣こうとすればいつだって泣けるということにあまり自信はなかったけれども、案外簡単に泣けました。不思議なことにその夜は泥っぽい色をしていました。私は今なら吐けるかもしれないと思い、四つんばいになってみました。でもすべてがげっぷになりました。もしかしたら私のからだの中も空っぽなのかもしれないという気がしました。少し頭痛がしました。

 春休みは終わったねと誰かが叫びました。私は何も感じませんでした。ただきっと私の新しい席では黒いむちが舞うに違いないという予感は覚えました。気味悪いくらい春でした。その日私はノートを買いました。

梅雨の日

 思慕というのがひどく悲しくてたまらなくてわたしは
 ずっとむこうから走って息を切らしてここへ隠れた
 いつもここは陰があって涼しくて
 私の全速力を浄化してくれる

 昨日のような梅雨の日
 傘を持ってなんとなく歩きながら意識を清書していると
 自分の投与していたとっくに致死量など超えたはずの嘘が走って息を切らして抱きついてきて
 何かを叫んでとたんに消えた
 寝不足で非常に寂しかったわたしは
 ハンカチで傘をふいてそれを雨の中両手でしぼった
 こういう日がわたしを染めきらないうちに
 夏が早く来てしまえばいいと思った

 誰かが言った言葉に鳥の刺繍をして静かな聖歌を歌えば
 ずっとむこうの空でくすだまが割れた時のように極彩色が散った
 目に付いたスイッチをすべて切ってきたわたしの手作りの無風地帯は
 居心地が良すぎて重力さえも感じない

冬の焦げ

足跡のついた雪道を
一つ一つ確かめながら歩けば
あんたは幸せだ と
私よりも大きな足跡を持つ人が
白い息を吐いた

長靴の割れるような冗談だね と
私は雪を踏んだ

「おなご」である自分に
貧血をおこして倒れた
のぞきこむあの人の肩から
冬が崩れた

汚れていない雪道は
彼らのために造られたものだ と
白髪の混じった声が
簡単に笑った

感情は即座に
添削された

なべの中で雪が焦げついて
私は隠れてそれを捨てた
後ろにいたあの人の胸から
冬が消えた

金魚

 麻美の家には二つの金魚鉢がある。父親の趣味で飼われているのだが、そこにいる金魚のうち小さい金魚鉢に住んでいる金魚は、麻美の担当だった。父親は大きい金魚鉢に自分のお気に入りのかわいく美しい金魚ばかりいれていたので麻美担当の金魚というのは、お祭りの金魚すくいの生き残りや安くてあまりきれいでない金魚ばかりだった。でも、麻美はそれで満足だった。えさは全額自分で負担し、そうじも全部一人でしているほど、麻美のこの金魚への熱の入れようはすごかった。
 麻美の中学校は、俗に言う進学校だった。小学校のときは優等生だった麻美が、この学校の入試では補欠でやっと入ることができたくらいなのだ。そして、今、麻美は「落ちこぼれ組」の一員となってしまっていた。授業は、麻美の頭を通り過ぎて行く。予習復習しても、麻美にとっての授業は一歩か二歩先を進んでいるのだ。麻美は悔やんでいた。(あんな小さな小学校で一、二番だったからといって、いい気になってこんな上の学校へ来るんじゃなかった…)。しかし、もうどうにもならないのである。
 麻美の両親は、そんな麻美をよくしかった。
 「麻美、おまえは小学校の時はあんな優秀だったのに、今こんななのはおまえがさぼっているからだ。もっとまじめになるんだ!」
 「麻実ちゃん、あなただってやればできるはずよ。有名高校に入るためには今のままじゃいけないわ。そうそう、N市にいい塾ができたっていうわよ。行ってみる?」
 (今でも、もう三つの学習塾に言っているのに! 四つの学習塾に通ったって、私は全然変るわけないのよ! 私はもう限界、これ以上の勉強はオーバーワークなの…)。麻美は泣き出しそうになった。でも、両親には口ごたえもできないのだ。そんな自分が情けなかった。
 「白山! 白山麻美、解いてみなさい」
 「はい…」
 麻美は、しぶしぶと立ち上がった。周りでは、ひそひそ声が聞こえる。(白山なんかに解けるものか)(またこんなところで時間を取る…)(早く授業を進めてほしいのに…)
 「解け…ません」
 麻美はうつむいた。本当はまだ良く考えていないのだ。しかし、みんなが迷惑がっているし、麻美自身も(どうせ考えたって解けっこない…)とあきらめていた。
 「よし…。じゃあほかの人…」
 とたんにクラスは活発になる。麻美にはみんなの気持ちが理解できなかった。そんなに勉強したいのだろうか。そんなに勉強するのが楽しいのだろうか。勉強してどうなるというのだ。有名高校へ行って、それから先どうなるというのだ。私は両親の夢に利用されているだけだ。将来の夢も希望もなくした私を、両親は自分達の「子供を有名校に入れる」という夢に利用しているのだ!
 麻美は一心に金魚にエサを与えていた。エサに群がる金魚たち。どの金魚も必死で食べている。ぴちゃっと水がはねる。金魚の尾びれが水をとばす。エサがほとんどなくなると、麻美はまたエサを加える…。
 麻美はこの時だけが楽しい。不思議に心がうきうきして、勉強のつらさを忘れるのだ。この金魚たちのエサに対するあさましさ、いじきたなさ、そしてなによりもその金魚にエサを与えてあげているのが自分なのだ、ということが楽しかった。この一時だけは、自分より劣った金魚というものの発見により、優越感にひたれるのである。
 ところが、ある日学校から帰ってみると、金魚鉢が二つとも消えていたのだ。
 「おまえがあまり夢中になっているんで、二つとも友達にあげたよ。さあ、金魚なんて忘れて、おまえは勉強しればいいんだ」
 父の言葉に、買ってきたばかりの金魚のえさが、むなしく床にころがった。 

画鋲

 学級写真が壁にはってあって、みんなが得意な笑顔を並べてた。でも、画鋲、いつのまにか私の顔の上に来てた。あんまり強くささっているんで、とれなくて、指が痛い。
 きっと咲子たちだ。絶対そうだ。裕ちゃんが言ってた。咲子たちが私のことそうとう悪く噂してるって。私、何もしてないのに、なんでそんなふうになっちゃったんだろ。咲子たちはいつもそうなんだ。だれか一人いじめてなくちゃ気がすまないんだ。裕ちゃんだって言ってる。咲子たちなんて大嫌いだって。私だって大嫌い。でも私、無理して笑って仲間になってた。だって咲子たちに嫌われるのが怖かったんだ。こんなふうになるのがすごく怖かったんだ。咲子たちってすごく過激だもの。あの人たちににらまれていじめられて孤立した人いっぱい知ってる。だから私、あんなに…。
 画鋲とれない。ひどいよ、もう。写真がそうとういたんだ。もし画鋲がとれたって、この写真の穴はずっと残る。嫌だ。私が嫌われている証明みたいだ。この写真見た人は、私がいじめられっ子って思っちゃう。そうすると、絶対私を見る目が違ってくるんだ。咲子たちが怖くて、私を避けるようになる。そうすると私、孤立…。
 ああ、一年生の時はよかったなあ。小学校からの仲良しの子がいたし、あのクラス最高だった。だいたい咲子たちみたいな人、いなかったもの。でも二年生になる組替えの時すごくショックだった。仲良しの子がだれもいなくて、まわりの子たちはみんなグループくんでいて、私、とけこもうと必死だったんだよ。咲子たちのグループ、裕ちゃんたちのグループ、真砂ちゃんたち、それに佐川さんたち、もうぐるぐるまわってた。でも、みんなもう輪ができちゃって、私の居場所なんてなかった。いつも疎外感だけが残るんだ。しっくりいくひとたちがいない。落ち着いて仲間といえる人たちがいない。ものすごくさみしかったんだ。
 もうすぐ三年生。中学最後の学年。来年こそ私新しいクラスでがんばろうって思ってたのに、二年生の最後にこんなめにあうなんて、ついてないよ。はっきり言って今のクラスなんて大嫌い。咲子たちは特に嫌いだ。裕ちゃんだって私の味方みたいな顔してるけど、本当は違うんだ。このクラスの人たちでいい人なんか一人もいやしないんだ。無理してとけこもうとして、笑顔つくって、つまんない話に違和感を隠してうなずいて、ああ、なんてばかなことしてたんだろう。そのあげく、「八方美人」なんて噂されてこんな、ひどいこと。
 ふう、やっととれた。手がひりひりする。でも何? これ、写真の顔がめちゃくちゃじゃない。この日はまだ二年になったばかりで、私はまだこんなになること考えもせずに、とびきりの写真用の顔つくったんだ。髪の毛もこんなに短くて、こんなに初々しい。なのにとびきりの顔が全然わからなくなっちゃった。あのころの私までめちゃくちゃにされちゃった。みじめじゃない。この写真の子、笑ってたのにひどすぎるよ。
 嫌いだ、嫌いだ、おまえら全員大嫌いだ。いつも私を見下して適当にあしらってたくせに、またこんな陰険なまねして人をいじめるなんて、そして一人をいじめることでおまえらは優越感が味わえるんだ。でも私はどうなるの? もう、この写真に私の顔は戻ってこない。もう、直らないんだ。
 画鋲、四つ、ある。あそこにも数個ある。これをさしたらどうなるだろ。みんな怒る。私を怒る。私が絶対悪玉なんだ。
 いい。嫌いな人たちなんかに好かれたくない。徹底的に嫌われてしまおう。いいんだ。私は画鋲で殺されたんだ。おまえたちも死ねばいい。死ねばいいんだ。
 あと、画鋲十五個探さなきゃ。美術室にあるかも。じゃあ待っててね。今すぐ来るから。

観客

 その日はテニス部と卓球部の大会があって、部員は学校に来ていなかったので、教室が閑散としているように育代は感じた。いつも元気のいい人たちの机には、その朝のホームルームに配られたプリントが置かれっぱなしになっていた。
 育代の隣の席の男子生徒も卓球部員で、試合に行っていた。たいして話したこともないが、いないと結構寂しいものだった。育代はその机の上に散らばっていたプリントをまとめて、机の中に入れてあげた。卓球部はその日から三日間、試合があると聞いていた。どうせ勝ちっこないのに、と育代は思った。
 テニス部の先生もいないので、物理が自習になった。育代は仲の良い友人がテニス部なので、少し孤独だった。高校二年生になって一ヶ月半。まだみんな表面でしかうちとけていない。でもその表面のなごやかさも、中心人物がいないその日ははがれ落ちていた。ほとんどの人が、前の学年のクラスの仲間とくっついていた。育代は、暇だった。自習をまじめにやるしかないほど暇だった。話し相手がいないのだからしかたないのだが。
「へぇ、育って、まじめな人なのね」
 育代の隣の空席に、一人の女子生徒が腰掛けた。吉田裕子……確か名簿が最後から二番目で、おとなしいと言われている人だ。育代はこの人と話したのは初めてだった。『別にどうってことない人』という程度の人でしかなかった。育代はそんな『吉田さん』が自分を『育』という愛称で呼んだのが意外だった。
「別に、まじめじゃないけどね。ただ、ヒマでヒマでしかたないから教科書読んでるの。吉田さんは?」
「吉田さんなんて…。裕子でいいよ」
 意表をつかれて、育代は少しうろたえた。この人は自分と仲良くなりたがっているのだろうか。じゃあ、仲良くした方がいいのだろうか。育代は、吉田裕子…彼女の顔をじっと見た。わざとらしい笑顔だ、と思った。
「育ってさあ、卓球部だったじゃんじゃない? どうしたの? やめちゃったの?」
 精いっぱい明るくしゃべっている、という感じの話し方で裕子が尋ねた。この人も話題を探してきたのだろう。育代は笑って、物理の教科書を読むふりをした。
 育代は一年生の時、確かに卓球部員だった。中学の時もやってたし、嫌いじゃない。でも結局やめた。母親には、「勉強忙しくって」と言った。友人には「クラブの人間関係にうんざりしたの」と深刻な顔で説明した。先生には「体の調子が悪い」などと理由を作った。どれも、本当の原因じゃない。本当の原因、そんなものもきっとないに違いない。単なるなまけ心が育代を支配しただけなのだ。熱心とか、努力とかそういう単語がばからしく思え、楽な空間を泳ぐためだけに、育代はラケットを捨てた。
 裕子は、育代があまり会話にのってこないのを見てどこかへ消えた。女子の高い声が、教室にひときわ響いている。育代は物理の教科書を閉じて机に頭をのせた。眠かった。
 やっぱり頭に浮かんでくるのは卓球台だった。育代はユニホームを着て立っている。相手はなぜか育代の隣の席の少年で、育代はサーブを打っても打っても入らない。いつのまにか育代は観客になって、手をパチパチたたいていた。横には裕子がいた。
 後悔じゃないのだ。育代は頭の中の裕子に言った。後悔じゃないのだ。私はこれを望んでいたに違いないのだ。だから…。
 育代は起きて隣の席を見た。そしてもう一度教科書を開いた。あと五分で自習時間は終わりだった。